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浄土真宗 本願寺派 概要

宗名:浄土真宗

宗祖:親鸞聖人

宗派:浄土真宗本願寺派

本山:龍谷山 本願寺(西本願寺)

本尊:阿弥陀如来南無阿弥陀仏

聖典:

釈迦如来が説かれた「浄土三部経

仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経

宗祖親鸞聖人が著述された主な聖教

正信念仏偈」(『教行信証』行巻末の偈文)

浄土和讃』『高僧和讃』『正像末和讃

中興の祖 蓮如上人のお手紙

御文章

教義:

阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。

生活:

親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。

宗門:

この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。

 

​浄土真宗のこと(私見)

 

浄土真宗とは

 

約二五〇〇年前にインドにお生まれになったお釈迦様が説かれ、時代や地域を超えて親鸞聖人まで伝わった、阿弥陀仏の「すべてのいのちを救う」願いに感謝する「おかげさま」の教えです。

親鸞聖人は阿弥陀仏の願いが伝わった経緯を「正信念仏偈」を含む「教行信証」にまとめられ、後世に伝えられました。 ​

この願いは蓮如聖人をはじめ、たくさんの方々のおかげで現代に生きる「私」にまで届いています。

阿弥陀仏とは

 

「阿弥陀」とはインドの言葉「アミターバ・アミターユス」に漢字を当てはめた言葉で、「限りない光・限りないいのち」という意味です。

「光」とは空間を「いのち」とは時間を表すもので、無限の空間と時間を表す言葉です。

「仏」もインドの言葉「ブッダ」に漢字を当てはめた「仏陀」のことで、「真理に目覚めた人」という意味ですが、「阿弥陀仏」とは一人の人物ではなく、時空を超えた真理そのもであると受け止めています。

お念仏(南無阿弥陀仏)とは

 

「南無」は「大切に敬う」というインドの言葉「ナマス(ナモー)」に漢字を当てはめたもので、意味を漢字にすると「帰命」となります。 「全てのいのちを救う」と誓いを建てられた阿弥陀仏への感謝の言葉です。

​正信念仏偈(正信偈)とは

 

約800年前に親鸞聖人が著した偈(うた)です。

インドに生まれたお釈迦様によって示された、阿弥陀仏の「全てのいのちを救います」という願いが、インド・中国・日本の七人の高僧方のお導きのおかげで親鸞聖人まで届いた喜びが綴られています。

約550年前に蓮如上人が吉崎御坊で和讃(親鸞聖人が詠まれた和歌)と共に唱和するお勤めとして制定され、現在に受け継がれています。

浄土三部経とは

 

​阿弥陀仏の願いを示した経典で、親鸞聖人の師である法然上人が数ある経典の中から選ばれました。

 

お釈迦様がお弟子の阿難尊者からの「今日のお釈迦様は、いつもにも増して尊く輝いて見えますが、なぜでしょうか?」という問いに応えた言葉です。

遥か昔、阿弥陀仏が仏と成る前、法蔵という菩薩さまだった時代からのストーリーが語られています。

法蔵菩薩は師匠の世自在王仏に出会い、仏と成るために誓われた願いを成就して、すべてのいのちを救う阿弥陀仏と成られました。

浄土真宗の根本となる阿弥陀仏の48の願いが示され、名号(南無阿弥陀仏)の救いの根拠が語られています。

 

王子が国王の父を幽閉し餓死させようと企んだ「王舎城の悲劇」と称される、親子の間で繰り広げられた悲劇の物語から、王の后である韋提希夫人の願いにより、極楽浄土や阿弥陀仏を想い描く方法が示されています。

そして、どんなに罪深いものも、阿弥陀仏の願い(念仏)によって極楽浄土に生まれると説かれています。

 

お釈迦様がお弟子の舎利弗様に向けた言葉で、短い経典の中で36回「舎利弗」とお名前を呼びながら語りかけています。

この呼びかけは、お釈迦様が「わたし」に阿弥陀仏のはたらきをお伝えいただきているように感じてしまいます。

極楽浄土の美しい風景や、極楽にいらっしゃる阿弥陀仏のはたらきなどを説き、宇宙の全方向から数えきれない数の仏たちも阿弥陀仏を称えていると説かれています。

​心から念仏することがあれば、いのちが尽きると同時に極楽浄土から阿弥陀仏がお迎えに来られると説かれ、念仏を薦められています。